花はナゼうつくしいか。
花が美しいのではなく、花を美しいと思うように人間が進化した、という考えです。
美しさ。それは人間が少しでも快適に生き、少しでも寿命を延ばし、少しでも生き延びる可能性を高め、より良い遺伝子を残すためにある価値基準なのでは、ということです。
美しい空。美しい空気。美しい水。
美しい女性。美しい音楽、美しい絵画、美しい町。
快適であるもの、快適であるものを生み出すもの。
混じりけがなく純度が高い、傷がなく完全である、バランスと調和が取れている、力強い生命力をもっている。
人が美しさを感じるものには、ある一定の性質がありますよね。
そんなことを思ったのは、晴れた空をみてああ、いい気持だな~~と思った後に、前日のテレビの映像を思い出したのです。
それは泥川の穴の中で過ごす魚の映像です。
彼らは透明で明るく広い場所を忌み嫌っているのです。薄暗くて細長い場所、濁った水を彼らはきっと、「なんてステキで落ちつく場所なんだ」とある種の美しさ、というべきものを感じているのです。晴れた空や澄んだ水を見ても、彼らは決して美しいとは思わないのです。
それと同じようににフンころがしはきっと、フンの匂いを「おいしそうな匂いだなあ」と感じているわけです。
ウンコがクサイのではありません。
そう思うように人間が進化してきたのです。排泄物は生きる中でずっと付きまとう問題ですが、放置するとそりゃあもう沢山の弊害がでてきます。だからあの匂いをかぐとクサイ!遠ざけたい!どうにかしたい!!という本能がムラムラとたちあがるんです。汗がくさいのではなく、あの匂いをクサイ、と思うことで人は清潔への欲求を獲得したのです。
遠ざけたほうがいいもの、選ばないほうがいいもの、そういう状態を回避したいと思うものに対し嫌悪感をかんじ、いっぽうで選んだほうがよいもの、そういう状態を保持したい、獲得したい、と思ったほうが良いものに良い感情を持つ。
人間は植物がなければ生きていくことが出来ません。空気を作り、水を循環させ、食物を与えてくれる存在。その植物が繁栄している確かな証拠。沢山あればあるだけすばらしい。
一面に咲く花を見たとき。
人間の本能がこの場所は快適である、人間の生存に適していると判断するのではないでしょうか。そしてこの状態を守りたい、と強く思うのです。
明るい光に集まる虫たちがいますよね。あれもやっぱり明るい光を求める、強い強い逆らいがたい本能があるわけです。太陽のある場所。そこに彼らの生きる糧があるのです。
昆虫が明るい物を見ると近づかずにはいられないのと同じように、人間は晴れた空と透明な水と生い繁る植物をみると、なんだかもう良くわからないけど、いい気分だな、と思わずにはいられないのです。
というわけで。
美しさとは 人が生き延びるために獲得した逆らいがたい行動基準なのでは、と思います。
自分の生命をより良く維持し、より良い遺伝子を残すために必要であるもの、またその特性を多く、強く持つものを獲得したい、維持したい、同化したいと強く思わせる装置、といってもいいと思います。
古来、ほとんどの文化で楽園、天上世界につきものといえば「咲き乱れる花々」ですよね。人はそこを目指すよう、強く強くプログラミングされているのです。
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